編集部がおじゃましたのは、恵泉女学園大学人文学部日本語日本文化学科3年の山田ゼミ。担当の山田昌裕先生によれば、同大学では1年から4年生までゼミがあり、山田ゼミでは言葉の使われ方の変化を研究しているそうです。

そもそも“ヤバイ”って、どこがヤバイの?

……で、先生。一応、授業の前に聞いておきたいんですが、“ヤバイ”って、いったいどこらへんがヤバイんでしょう?

「今年は、ひとつの言葉を深く掘り下げていこうということで、4月に気になる言葉を出し合い、みんなで検討しました。その結果、テーマに決まったのが“ヤバイ”というワード。“ヤバイ”って、辞書では、危険とか不都合……なんて説明がされていますが、今はプラスの意味でも使いますよね。たとえば、美味しいとかカッコイイとか。そういう言葉の使用法の変化を分析していくんです」

なるほど、それはもう嘘偽りなくヤバイ研究ですね(笑)!! ちなみに変化の分析は、新聞・国会議事録・ブログなどから、“ヤバイ”の使用例を抜き出して行われているそう。

授業は、ゼミ生が分析した結果を発表する演習形式で行われます。
さっそく、先生の司会で発表がスタート!

山田先生

今回は、“ヤバイ”の使われる対象がどう変わってきたのかを調べようということでした。では、町田さん、どうぞ。

町田さん

はい、資料を見てください。1994年頃は、「ヤバイ◯◯」という形で名詞に接続して、「行き過ぎた」という意味で使われていたようです。この時点ですでに、辞書の意味とは違ってきていると思います。

みんな

ふんふん。

町田さん

1998年の高校野球の記事には、「ヤバイヤバイ。逆転の予感」という表現がありました。“ヤバイ”を連呼する、感嘆詞のような使い方です。

みんな

そうそう。“ヤバイ”って連続で使うよね〜。

町田さん

このように、「情意」(感情)を表す“ヤバイ”が圧倒的に多くなっていきます。プラスの感情で使っている例もあって、これは大きな変化だと思いました。

山田先生

なるほどね。

町田さん

2000年には、「ヤバイくらい感激しちゃった。ヤバイくらい興奮してます」という使い方が。また、「すばらしい」とか「スゴイ」という意味で使われているのは、2006年。「美しく感動的で、とてもヤバイ映画ができあがるでしょう」というのがあります。

山田先生

ヤバイがプラスの意味になったのは、98年? たしかに「逆転の予感」だから、プラスだね。ちなみに、これは試合という「状況」に対して使われているよね?

町田さん

はい。

山田先生

じゃあ、具体的に対象がハッキリしている場合、つまり「◯◯がヤバイ」の「◯◯」があるものは? みんなはどう? いつもみたいにもっと自由に発言していいんだよ(笑)。

みんな

2006年の「ヤバイ映画」かな。

山田先生

町田さんの調査によれば、“ヤバイ”は、まずは具体的なモノじゃなくて、「状況」に対して使われていた、と。「状況」についてちょっと説明すると、ピンチは見方を変えるとチャンスになるよね?

みんな

あれ? なんか先生、カッコイイこと言ってる!

みんな

さすが! さすが!

山田先生

いやいや、そういう意味じゃなくて(苦笑)。「状況」っていうのは視点の問題で、みんな一緒のものでしょ。攻撃側から見るとチャンスだけど、守備側から見るとピンチ。そうすると、最初はピンチのときにマイナスの意味で使っていた“ヤバイ”を、チャンスの側から見てプラスの意味でも使うようになってきた、とも仮定できるよね。

みんな

う〜ん。なるほど!

山田先生

それが、目に見えない状況だけじゃなくて、たとえば食べ物とか人に対しても広がって、「美味しい」「カッコイイ」という意味でも使われるようになった。そういう可能性もありますね。じゃあ、2000年の「ヤバイくらい感激しちゃった」はプラス? マイナス?

みんな

「状況」としてはプラス。でも、このヤバイは“程度”の問題なので、意味としてはどちらでもない。

山田先生

そう。ニュートラルだよね。ということは、もしかすると“ヤバイ”がマイナスからプラスに変わるまでに、どっちでもない使われ方もあるってこと?

みんな

おお! そういうこと!?

山田先生

では、これから分析していく場合には、どっちでもない“ヤバイ”という観点も必要になってきそうですね……。

さてさて、こんな調子で授業は続きます。学期末には、各自がすべての発表の成果をレポートにまとめるのだそう。きっとみんな、前期の授業だけで、とんでもない数の“ヤバイ”を口にするんでしょう。

データから情報を読み取り、考える力を身につける

授業後、編集部が先生の顔写真を撮影していると、「私も撮っちゃお!」とケータイ片手にゼミ生が集まってきました。

話を聞いてみると、「みんな、先生のほかの授業もとっています。だから、すごく仲がいいんです」「本当に毎回にぎやかで、とにかく先生の話が面白い!」などなど。どうやら今日は取材だったので、みんな少し緊張していたようです。

先生も「授業のメインは学生。だから、堅苦しくマジメにやるより、自由に発言できる雰囲気にしたい」と、和気あいあいとした授業を目指しているとのこと。

「ゼミ生には、なんでもいいから、まずは考えてみろと言っています。最初は、無理やりつくった“でっちあげ”でもいい。あとからきちんと説明することができれば、それは正しい理論になりますから。ゼミでは言語について学んでいますが、データから何を読み取って、自分の行動にどう結びつけていくかを身につけてほしいですね。それは、社会に出てからも必ず役立つ力になると思うので」

そんな指導の結果(?)か、今では全員かなりの“ヤバイ”中毒。友だちと会話していても、「今の“ヤバイ”って、どういう意味!?」なんて考えてしまうとか。

言葉への情熱、アットホームな雰囲気……いろんな意味で、超ヤバかった山田ゼミ。今後も“ヤバイ”研究、がんばってください!!

山田ゼミのココが“ヤバイ”!
データを分析することで、考える力が身につく
主役は学生! 自由に発言できる雰囲気が◎
ゼミ生が仲よしでにぎやか(取材時はちょっと緊張)

■ ゼミ紹介
恵泉女学園大学
人文学部 日本語日本文化学科 山田ゼミ

研究テーマは言語文化。主に「コーパス」と呼ばれる手法で言葉の用例調査を行い、分析を行う。3年時には調べ方や分析方法を学び、4年時に卒論としてまとめる。これまでの卒論テーマの例として、マンガが外国で出版される場合に擬声語・擬態語はどう翻訳されるのか、通常は使われない役割語(たとえば「ワシは〜」「〜じゃ」といった話し方)が不自然に感じないのはなぜか、など。