今回おじゃましたのは、「犯罪心理学」「家族心理学」など、個人と家族を取り巻く問題を中心テーマとして扱う須藤ゼミ。いつもは難しい文献を輪読してディベートをしたり、家庭裁判所を見学したりしているそう。そして今回は、日本人なら誰もが知っている「サザエさん一家」の心理を分析する授業を行っていました。その手法は「家族造形法」。……先生、それってなんですか?

人間を彫刻に見立て、家族の関係性を知る「家族造形法」

「登場人物になりきって、その感情を味わうロールプレイングです。先週は、学生一人ひとりが『サザエさん』の登場人物になりきって、家族造形法をやりました。『カツオって意外と寂しいのかも……』なんて意見も出てきましたね。今日は、その続きをやります」

須藤明先生によれば、家族造形法とはいわば「人間彫刻」。やりかたは次のとおり。

・家族の中のひとりが“彫刻家”になり、ほかの家族に表情や姿勢を指示する
・家族一人ひとりが指示に従ってポーズをとる
・最後に彫刻家自身もその中に入ってポーズをとる
・全員でそのポーズのまま、しばらく姿勢をキープ

これで「人間彫刻」が完成。“彫刻家”から見た家族像を家族みんなで演じることで、一人ひとりが関係性や感情を捉え直すことができるというもの。うーん、む、難しい!

今回のテーマは、なんと「カツオが反抗期を迎えたサザエさん一家」。登場人物はサザエ、マスオ、タラちゃん、カツオ、ワカメ、波平、フネ、そして猫のタマ。さて、どうなる!?

反抗期のカツオが暴れ、サザエさん一家が崩壊の危機に!

「じゃあ、14歳のカツオにサザエさん一家をつくってもらおう。笑った顔、怒った顔、身ぶり、手ぶり。みんなに指示を出してポーズをつくって」と須藤先生。配役は前回の授業で決定済み。役をあてがわれた学生が立ち上がって、いよいよ家族造形法がスタート!

「タラちゃんはとりあえず泣いて。サザエさん、フンって感じに。波平さん、めっちゃ怒ってる感じになって。お母さんはお父さんを止める役。ワカメちゃんは……」

あれこれ指示を出しながら、登場人物それぞれのポーズをつくっていく、カツオ役の小島さん(右から3人目)。そして出来上がったのが、衝撃のワンシーン!

【人物造形法1回目】「カツオ、反抗期を迎える」

出ていこうとするカツオを必死で止めるマスオ。怒る波平、すがるフネ。タラちゃんは号泣、サザエはもはや放心状態。そしてタマだけがいつもどおり……。

「はい、じゃあそのまま30秒止まったままでね〜」と先生。しばらくそのポーズをキープすることで、自分にどんな感情が沸いてくるかを味わうのだそう。さて、実際に役を演じた学生の反応は……。

小島さん
(カツオ)

カツオは、もうここにいたくない!って、この空間に反抗している感じ

田代さん
(波平)

波平は、カツオのせいで家族がバラバラなのが腹立たしいんだよ

一瀬美里さん
(サザエ)

サザエはもう若さもないから、自分のテリトリーだけ見てればいい、みたいな

須藤先生

サザエさんっていくつなんだっけ? 20代?

一瀬美里さん
(サザエ)

20代であのパーマはない!(笑) タマはどんな気持ちだったの?

森部さん
(タマ)

サザエさんを見てごはんほしいなって思ってる。いつもと同じ(笑)

シビアな状況にあってもいつもの態度を貫くタマに和む面々。

そのほか、「カツオは自分が家族の中心だとわかっているから、そのうち落ち着く」「怒っているのは波平だけで、マスオは止めようとしている。見放されていないから、カツオは更生できる」などなど、心理学を学んでいるだけに、的確な鋭い意見も。

先生からは「誰がキーパーソンになりそうかな?」と質問が。

小原さん

カツオを止められるのはマスオさんしかいないよ!

小島さん
(カツオ)

まだ若くてアグレッシブだし(笑)

関さん
(マスオ)

ある程度距離があるから、マスオなら家族とカツオの架け橋的な存在になれるかも!

ここで、若干頼りないイメージがあるマスオが、実はサザエさん一家における重要人物であることが判明! 一家の太陽がカツオなら、マスオは太陽光を柔らかく反射する月のようなもの? その存在感が、ここにきて一気に急浮上!

意外すぎる展開に、全員驚きを隠しきれない。

平和だった一家を、さらに不穏な空気が襲う!

「じゃあ次は、マスオさんがつくり手をやってみようか。また少しテーマを変えてやってみよう。今度はマスオさんだけにテーマを教えます。まずは何も聞かずに、マスオさんの指示に従ってやってみて」

先生からこっそりテーマを伝えられたのは、マスオ役の関さん。ほかのみんなは、どんな状況を再現しようとしているのかはわかりません。

「えっと、サザエさんはしゃがんでこっち向いて。タラちゃんは、えーみたいな顔で。カツオは……うーん、どうしよう」

悩みながらもほかの登場人物に指示を出し、完成したシーンがこれ。

【人物造形法2回目】「マスオとサザエに○○の危機!?」

なにやら不穏な空気が漂っています! みんな気難しい顔で俯いて、家族間に明らかな亀裂が入っている様子……。先ほどと同じく、しばらくこのポーズを堪能(?)したあと、演じた学生が口々に感想を。演じたみんなも、なんとなくテーマがわかった様子。

一瀬美里さん
(サザエ)

これは絶対、離婚の危機か何か! でもタラちゃんがいるから怒ることもできない

一瀬裕美さん
(タラちゃん)

タラちゃんは、お父さんもお母さんも、いい加減にするです〜!って思ってる

寺門さん
(フネ)

フネは、どうにか娘を支えてあげたいっていう一心

徳植さん
(ワカメ)

ワカメは多感な時期で、スキャンダル大好き(笑)。もう興味津々で遠くから見てる

須藤先生

いちおう聞くけど、タマは?

森部さん
(タマ)

タラちゃんがここまで必死なのって相当だから、さすがのタマもヤバいと感じた

須藤先生

……だいぶネコの気持ちがわかってきたね〜

と、ここでマスオ役の関さんから種明かし。みんなが感じたとおり、サザエさんとマスオの仲が冷めて、離婚の危機がやってきたというテーマでした。ポーズだけでその奥に秘められた“ヤバさ”を感じられるなんて、家族造形法ってすごい!

サザエさん一家を取り上げたのは、家族問題を心理学的に体感してもらうため

ゼミ終了後、平和なサザエさん一家に、なぜ過酷なテーマを与えたのかを先生に聞いてみました。

「サザエさん一家は、3世代が集まった、伝統的な日本の理想モデル。でも、どんなに理想の家族のように見えても、内実はいろいろな問題を抱えているのが実際です。特にこのゼミは家族問題に関心のある学生が集まっていますから、『家族のライフサイクル』を家族造形法を通して体験してもらいました」

「家族のライフサイクル」とは、子どもができたり、自立したり、親が中年期に入ってさまざまな問題に直面すること。幸せそうに見えるサザエさん一家ですら起こりうる問題を、いかに乗り越えるのかを考えるためのものだったということでした。

「学生からは、家族の力をしっかり理解しているコメントもありました。こうやって乗り越えていけるんじゃないかとか、マスオがキーパーソンだとか。みんな、まだ心理学を専門的に勉強している途中だけど、家族造形法を通して的確に理解していたと思います」

「サザエさん」からですら人間心理を読み解く、学生たちのまなざし

サザエさん一家を演じた以外の学生にも話を聞いてみました。答えてくれたのは、大矢さん(左)と加藤さん(右)。ふたりとも、家族心理学や犯罪心理学に関心があって入学したそう。今回の「家族造形法」について話を聞いてみると……。

加藤さん

今日の授業はまじめな感じではなかったけど(笑)、家族造形法を通して新しい自分の発見ができるんだって思いました。もし私が演じるならサザエさん役。なんだかんだいって、一家の中心人物だと思います

大矢さん

私はワカメちゃんをやってみたい。カツオを反面教師にしたいい子だけど、そのワカメが実際はどう考えているのか……? 表面からだけではわからない心理を知りたいですね!

たとえアニメのキャラクターでも、原作ではありえない設定でも、楽しみながら真剣に考えて鋭い発言を連発していた皆さん。その根底には「もっと知りたい!」という探究心が感じられました。だって、最終的にはタマの気持ちまで理解してしまったんですから……。

■ ゼミ紹介
駒沢女子大学
人文学部 心理学科 須藤ゼミ

犯罪や非行、虐待、ドメスティックヴァイオレンス、離婚、高齢者問題など、「犯罪心理学」「家族心理学」が中心テーマ。臨床心理学を柱にしながら、精神医学、社会学といった近接領域の学問も参考に、テレビやニュースから耳に入ってくる社会問題を心理学によって考察。家庭裁判所の見学やテーマごとのグループワークによって、学びを深めていく。