さて今回取材をさせてもらったのは、駒沢女子大学人文学部4年の田澤ゼミ。出版編集を学んでいるこのゼミでは、毎年、卒業制作として本づくりを行っています。「本」といっても、形式は紙に限ったものだけではなく、電子書籍やスマートフォンのアプリでもOK。企画や編集はもちろん、デザインから印刷・製本まで、すべて自分たちでやるのだそう。

ちなみに、これまでの卒業制作&課題はこんな感じ

ごはんを食べ始めてから食べ終わるまで、向かい合う2人の食卓をひたすら撮影した写真集『いただきまーす』(写真左)。17人のゼミ生が、同じイラスト素材を使って、順番もレイアウトも自由にデザインした17通りの作品集『+女子』(写真中)。「実際に存在している雑誌の◯月号」という設定でつくられたタウン情報誌(写真右)。

卒制テーマの議論がスタート!

これまで卒業制作は自由テーマで、みな思い思いの作品をつくっていました。しかし、今年は全員が同じテーマで作品をつくることに。「実際に本を出版するとしたら、本当に面白いのか売れるのかどうかも重要。出版社で企画会議をするように、それを真剣に考えてもらおうかなと思って」と田澤先生。

テーマの決め方は、「0(ゼロ)」「骨」「動く」などなど、まずみんなで気になる言葉を20個ほどあげる。それぞれ提案者がプレゼンをして議論を重ね、20個→8個→4個→2個と絞られ、本日、晴れて卒論テーマが決定するというわけ。

最終選考に残った2つは「たまご」と「あ」。現在12対5で、優勢なのは「たまご」派。ではさっそくプレゼンに……と思ったら、先生があるものを取り出しました。

昔、電報に使われた活字。職人が1文字ずつ拾って印刷をしていた。右は「クワタ」「インテル」と呼ばれる字間・行間を調整する器具。

1800年代に出版された子ども向けの歌の本。 活字と銅版画で印刷され、どちらも同じ本なのに色が違ったり、抜けている絵があったり。

製本職人が1冊ずつ手作業で仕上げた、フランス製の仮綴じの本。表紙などを好みの紙に変えてもらうこともできたそう。

「きれいー」「細かーい」とみんな大興奮。「見てさわって“おー”と感動できるのが紙の本のよさ。だから絶対なくならない」と先生。

活字や古い本などを見てイメージを膨らませたところで、いよいよプレゼンの始まり始まり〜。

田澤先生

こういう、みんなが「へ〜」とか「は〜」とかいうような本をつくれるかどうか。じゃあ調べてきたことを発表したい人。たくさん書いてあるの見えたから(笑)、「たまご」派の渡辺。

渡辺さん

えーと、「たまご」についていろいろ調べたんですが、まずイースターエッグ。あれがなぜ「たまご」なのか。聖書の「マグダラのマリア」の中の一節によると……

田澤先生

ふふふ(笑)。なんか、一生懸命「たまご」の話しているのがうれしいね。僕「たまご」大好きだから。

渡辺さん

あと「研究者の卵」とか、今は未熟だけど成長の見込みがあるものって意味もあります。ハンバーグのつなぎとしても使われるので、「たまご」自体が主体ではなく、何かを補うものって役割もあるのかな。

みんな

うんうん。

渡辺さん

「たまご」のことわざもけっこうあって、「コロンブスの卵」とか「丸い卵も割りようで四角」とか、フランスで「卵を割らずにオムレツをつくることはできない」とか……

田澤先生

こんなにたくさん調べてきたくらい、よくわからないけど「たまご」でいきたいという意見でした。じゃあ今度は「あ」について、古川。

古川さん

えーと、ずっと考えてても思いつかなくて……。そしたら夢に出てきて、めちゃくちゃいい意見だったんですけど、起きたら忘れました。

みんな

ははは(笑)!

古川さん

でも、ひかれるのは「あ」。「たまご」は想像できるけど、想像できないのがいい。

田澤先生

なんとなくわかった。「たまご」ほど具体的じゃないってわけだ。こういうときまとめるの、新藤うまいんだよね?

新藤さん

「たまご」は、いろんなものに化けるし、中華料理も和食もなんでもいける。「あ」は自由すぎて難しい気がするから「たまご」のほうが、ねえ。

編集部

ちなみに、「たまご」派が優勢な理由って、なんでなんですか?

田澤先生

たぶん、なじみがあるからですね。きっかけはね、僕が「たまご」大好きなんですよ(笑)。縁が焦げた目玉焼きが好きだとか、そんな話ばっかりしてたから。ただ「たまご」っていうと大人っぽくないし、大学生がやるテーマなのかなって思いもあります。

みんな

うんうん。

田澤先生

「あ」が難しいのは、アイデアが一緒になりそうなところ。あいうえおの「あ」とか、しりとりにしたくなったりとか。「あ」を逆さまにしたら、下から見たらなんて読むんだろう、とかなんて考えられる人いないでしょう?

みんな

え、下から見る??

田澤先生

たとえば、だよ。「あ」を、こすってみました、なでてみました、叩いてみました、を本にする。誰もやってないからこそ「ああなるほどね、そうかもしれない」って興味を持ってもらえる。

みんな

なるほどー。

田澤先生

でも卵は、割ったら出てくるに決まってる。あとは恐竜が出てくるかも? とか、そのくらいの発想しかできない。卵をゆでる、凍らせる、投げる、埋める……

みんな

凍らせたことはないなー。

田澤先生

ふだんやってないことをやって、どう変化するかというと、なかなか思いつかない。たとえばさっきことわざで「たまごを四角に」とか言ってたけど、「たまご」のイメージがありすぎるから、聞いた人に壁ができちゃう。「四角になんか……」みたいな。でも「あ」を裏から見たら? って言われると誰も疑わない。

みんな

誰もやったことないから。

田澤先生

そう、想像がつかないから。「たまご」はすごいぞ、ゆでることもできるし、焼くこともできる。「たまご」に何かさせるってなったときに、もうさせることがないかもしれない。「たまごが、どんぶらこ〜、どんぶらこ〜と流れてきました……」。そういう物語をつくるのには向いてるかもしれないけど。

みんな

うーん……。

田澤先生

だから、今日は…………決めない。ここまで話したことは僕の意見だから、違うよっていう人がいれば言ってください。「たまご」がいいのか、「あ」がいいのか、どっちでもないのか、両方なのか。もう1回考えてみて。

編集部

これ、最後はどうやって決めるんですか?

田澤先生

僕が誘導するんでしょうね、心の中で。それにどこまで抵抗してくるか、だけですね。ふふふ(笑)。

みんな

それ言っちゃうんですか、うちらの前で。

みんな

「抵抗しろ」ってことだよ。

専門知識ではなく、どんな会社に入っても必要なスキルを学ぶ

最後に、ゼミ生のみなさんに話を聞いてみました。

すると「先生が好きだから、このゼミに入った」「出版の現場で働いていた人だから、リアルな話が聞ける」「ほんとに話しやすいし、面白い、相談もできる」と、とにかく田澤先生が大人気! 「パソコン作業だけじゃなく、印刷や製本などのアナログな工程が楽しい」「テーマも自分たちで決められるので、積極的にできる」と、課題や卒業制作を楽しんでいるよう。

卒業生には、もちろん出版や印刷、ITの世界に進む人もいるけれど、アパレルやブライダル、食品と、意外に就職先がバラバラなのも面白いところ。

「出版編集というと専門的なテーマだと思われるかもしれませんが、学んでいるのは、どんな会社に入っても必要なアイデアの出し方やチームワーク。五感をフルに使って社会・仕事体験をしてみようというのが、このゼミで教えていることです。私は、みんなに幸せに暮らしてほしいので、土日はゆっくり休めるような職業に、って思って指導してます(笑)」

ちなみに、そう語る田澤先生は大のお酒好きで、ゼミ生と一緒に飲みに行くこともよくあるとか。「酔うと同じ話をする」「学生から帰れたかどうか心配される」という話を聞いたのは内緒です。

残念ながらテーマは決まらず、まさに“未”完全密着となってしまった今回の取材。卒業制作がいったいどうなったのか、来年には追跡取材もしたいと思っていますので、そちらもぜひお楽しみに!

追跡取材! 「あ」or「たまご」卒制テーマは結局どっち?

さてさて、田澤ゼミの卒業制作のテーマは、最終的にどっちに決まったのでしょう? ズバッと結論からいうと「両方」。りょ、両方!? あんなに話し合ったのに? 誘導するって言ってたのに?? 田澤先生なんでですか???

田澤先生

最終的な学生投票では「たまご」が10名、「あ」が6名。「たまご」だけだと簡単に想像がつくし、制作もできてしまうと思ったんです。単純に「あ」でどんなものができるのかも見てみたかったし。「あ」を選んだ6名が挑戦する様を見たかった。ですので「両方」(笑)。結果的には、途中で諦める学生はいませんでしたね。

テーマを設定したことで、前年より具体的な話し合いが多くなり、学生のモチベーションが高く維持できた、さらに自由テーマだとバラバラの指導になりがちなところ、テーマに基づいて集中した指導ができた、とのこと。

そんな、田澤ゼミ渾身の卒業制作を眺めつつ、このコラムも無事完結、ということにしたいと思います。めでたし、めでたし。

卒業制作展示の様子

「たまご」新藤 夏海

「きみちゃんとしろみちゃん」堀田 世里子

「あ辞典」長谷部 依里

「あ! おじさんだ」古川 彩乃

「あぱーと」齋藤 みつき

田澤ゼミのここがステキ!
とにかく先生が大人気
アイデアの出し方やチームワークを学べる
卒業制作が魅力的! アナログな作業も楽しい

■ ゼミ紹介
駒沢女子大学
人文学部 映像コミュニケーション学科 田澤ゼミ

研究テーマは、出版物とコミュニケーション、情報、紙面構成とエディトリアルデザインについて。前期は本の編集や印刷にまつわる基礎を学び、後期は卒業制作として本の制作を行っている。また3年次には、編集長、カメラマン、デザイナー、ライターなど役割を決め、タウン情報誌の編集なども。